- TOXIC 2 -

 

終業時間が近い、慌しいオフィスに電話のベルが鳴った。

手が空いている時は、なるべく外線には早く出るように心がけているあたしだけど、今日ばかりはその余

裕がない。

仕方なく、しばらくそれを無視していると、もう帰り支度を終えていた新入社員の女の子がしぶしぶ、受話

器を上げた。

「ありがとうございま…あ、中村さぁん」

不機嫌な声から急に甘えた声に変わった彼女の口から出た名前に、あたしはぴんっと耳をすます。

中村さんから、電話?

最近の彼は忙しいのか、朝から外出しっぱなしの事が多い。

この時間に外から会社に電話があるってことは…。

「…ええ、直帰ですね、わかりましたぁ、ボードに書いときまぁす」

やったあ!やっぱり中村さん、直帰だ!

あたしは机の下で、目立たないように小さくガッツポーズする。

あたし、今日はど〜しても残業しなきゃなんないんだよね。

ウチの会社の考えはちょっと外資っぽくて、残業=無能とみなされる。

で、六時ともなると皆潮が引くように帰っちゃうから、残業する時は大抵一人ぼっち。

あたしも何も無いときはもちろんさっさと会社を出るんだけど…。

今日は大トラブルが発生しちゃったんだ。

クリスマス向けに作ったキャミのレースの色がサンプルと全然違う色であがって来た。

染め直すには時間もお金もかかるから、メーカーさんはもちろん嫌がってる。

でも、こんなレースの色じゃ、セクシーな赤じゃなくて、ふんどしの赤みたい!

バイヤーの意地にかけても、ぜえったい妥協する訳にはいかない。

あっちが折れるまで、交渉し続けてやる!

中村さんが会社に戻らないんなら、安心して仕事できる。あー良かった。

うん、さっさと仕事終わらせて帰ろうっと!

 

「ええ…ですから、工場がつまってるのは分かってますけど、あのレースの色、明らかに身生地と違いますよね?

 …いえ、納期は延ばせませんって。クリスマス向けですよ?

 12月初旬なんて、もう売る時期を逃しちゃいますって。…とにかく…」

イラつきながらメーカーさんを締め上げるあたしの声が、人の気配に思わず止まる。

「ただいま〜」

能天気な声と共に、オフィスのドアから現われたのは…ニコニコ笑う、中村さん。げげっ、なんでー!?

「ええ、とにかく検討してください。はい」

がちゃりと受話器を置いたあたしは、とっさに身構えた。

誰もいないオフィスで変態(イケメンだけど)と二人きり。

…ヤバすぎる。

 

「やっぱ唯ちゃん居たよ、やっりい〜」

「中村さん…直帰じゃなかったんですか?」

あたしは立ち上がって、いつでも逃げられる態勢を整える。

そんなあたしを横目で見ながら、中村さんはスーツ上着を脱いでネクタイを緩めている。

くやしいけど、スーツ姿ほんっとにかっこいいんだよね、中村さん。

仕事も出来るし、これで変態でさえなかったら、ほんっと理想そのままの人なのに。

 

「タイムカード見るとさあ、俺が直帰の時に限って唯ちゃん残業してるんだよね〜」

そう言って、ボードの「直帰」を備え付けのイレイザーで消している中村さんの背中に、疑問がわく。

なんであたしが残業してるって…あっ!

他人のタイムカード、勝手に見るなっつーの!

しかも、その仕組みに気がついたんなら、避けられてるのにも気が付いてよね!

「だから、直帰って電話して、唯ちゃんひっかけてみたんだ〜。唯ちゃん、全然俺と遊んでくんないしさ」

すねた口調で言う彼の言葉に、ため息が出る。

…頭、イタイ。

そんなアホらしいことして同僚ひっかけていったい何しようって言うの。

…って。

嫌な予感に襲われたあたしは、急いで机の上を片付け始める。

とにかく早くこの場から逃げねば。

だいたい。

「あ、あたしと遊ばなくったって、いろんな人と遊んでるじゃないですかっ!

 先週の金曜も住商のOLさんお持ち帰りしたって聞きましたよ!」

「あっ、唯ちゃん妬いてるっ!やったね!」

「妬いてませんっ!!」

コートを取って出口に向かおうとするあたしの行く手を阻むように、机の上に座って、長い脚で通路を塞ぐ中村さんは、

天使のような笑顔で、あたしを見つめる。

…どうして内面の好色さが滲み出さないんだろう、この人は。

「…脚、どけてください。あたし帰りますから」

こうなったら、家から携帯で仕事するしかない。中村さんと二人きりで仕事になんかなんないし。

そう決心した背中を、外線のベルが呼び止める。

う、無視するわけにもいかない。たぶん、待ってる電話の相手だし。

「…あ、はい、私です。…お世話になります」

案の定、長くなりそうな電話を受けてしまったあたしは、仕方なく椅子に座りなおす。

 

「ええ、…でも、染め直ししかないですって。5000ですよ」

そういいながらファイルを繰るあたしは、ふと、首筋に違和感を覚えた。

んんん?

まさか、と思いながら振り向くと、中村さんがあたしの背中に、かぶさるように抱きついてきた。

ちょっとお!何、電話中の人間の首筋舐めてんのよっ!!

「…レース差し替えなんて、無理ですって。…ひゃっ!」

カットソーの胸元から手を入れられたあたしは、状況も忘れて思わず叫んでしまう。

どうしました、と訊く相手にいえ、ちょっとと口ごもりながら、あたしは中村さんをきっ、と睨みつけた。

何をするんだ、このオトコはっっっ!!

片手を受話器に取られ、椅子の肘掛と机にロックされたあたしは、動くに動けない。

精一杯拒否の気持ちを恨みのこもった目で悪魔にぶつける。

ふざけるのはいい加減にして離してってばっ!!

けど、そんなあたしの怒りなどそよ風くらいにしか思わないらしい中村さんは、空いている方の耳もとで、「怒った顔

の唯ちゃんって、色っぽいよね…」なんて囁いて、耳たぶを軽く噛む。

こんのエロバカ変態男〜〜!!

う〜もう、いったん電話を切るしかないよね。

「あの、ちょっと別の…電話入ったので、か、掛けなおし…あっ!」

中村さんの手が、早業でブラの中の先端をとらえた瞬間、思わず声を漏らしてしまった。

もオ、やだっ!

挨拶もそこそこに電話を切ると、あたしは中村さんを思いっきり振り払う。

「何するんですかっ!!大事な電話だったんですよ!!」

けれど言われた中村さんは、にっこり笑ってぬけぬけと言う。

「大事な電話だったのに、俺の為に切ってくれたの?」

ちっが〜う!!

「と、とりあえずどいてください。こんなトコ人に見られたら…」

「興奮しちゃうよね〜」

 

……。

この人、顔はいいけど、社会人として、ううん、人間としてなんか間違ってる!

「唯ちゃんのスーツ姿見るたんびに、絶対オフィスで襲っちゃおうって決めてたのになかなかチャンスなくてさ。

 …タイトスカートって、超エロいよね…」

そう言いながら、動けないあたしのスカートのすそを捲ろうとする。

「こ、こんなトコで何考えてるんですかっ!会社ですよっ!」

中村さんは、まるでそこに幽霊がいますとでも言われたかのような、驚いた顔をする。

「えっ…佐藤と一回もオフィスでやらなかったの?」

フツウの人間は、会社でなんてやりません!!!

「うっそ、マジ?うわー。じゃあ俺とが初めて?」

「中村さんともやりませんっっ!」

このヒトは、冗談じゃなくて本気だ!あたしのアラームが大音量で鳴る。

フタマタかけられて、婚約破棄されただけで十分話題の人間になっちゃってるのに、この上オフィスでやってた

なんて噂が広まったら…あたしもう会社にいられないよお〜。

「いや、ホントに、お願いですから止めてください。…あたし会社にいられなく…やんっ!!」

中村さんの指がとうとうあたしのショーツを捉える。

その指がそうっと上下する感覚に、ぞくりとする。

…やだあ、こんな状況なのに、…感じちゃってるよぅあたし…。

「…大丈夫。誰も来ないって」

クロッチの脇から、中村さんの指がすべりこんだのが、見なくても分かる。

あたしの抗議の声を消すためか、ついばむようなキスが、言葉を紡ごうとする唇を塞ぐ。

 

後ろから、胸とクレバスをいじられたあたしのカラダは、持ち主の意思を無視して、少しずつ快感の海に泳ぎ出

そうとしていた。

かろうじて残ってる理性が、懸命に頭の中で叫ぶ。

やばいって、やばいって!

一回目はアヤマチでも、二回目は意味違っちゃうって!

しかもこんな場所で…こんな…あん、…って!だめだって!

いつ誰が忘れ物取りにくるか分かんないし、九時になれば守衛さんが…。

一生懸命理性を保とうと頑張っているのに、絶え間なく攻め立ててくる彼の指使いが少しずつその努力を溶かし

ていってしまう。

やぁん…なんでこんなに、気持ちイイの…?

たっぷりと蜜をまとわせた指が、はじめは一本、そのうちに二本に増やされてくちゅくちゅと出し入れされる。

「…くっ…はっ…」

静かなオフィスの中に、時計の音と、あたしの荒い息遣いだけがやけに響く。

中村さんはキスしたままあたしを立たせると、優しく両手を導いて、机につかまらせる。

この態勢ってもしかして…。

そう予測した途端、あっという間に、タイトスカートが腰までめくりあげられた。

きゃああああ!!

あせってスカートを下ろそうとしている間に、中村さんはかちゃかちゃとベルトを外してしまう。

まままま、まじでココでやるのお!?

「あの、せめて場所変えてくだ…」

振り向いて、そう頼むあたしは、多分今涙目になってる。

ここでオシマイ、なんてたぶん無理。

すごくたぎっちゃってる彼も……うん、正直、あたしも。

だけどだけど!

つい15分前までメーカーさんとレースの打ち合わせしてたのに、いったいなんでこんな目に…。

「恥かしがる唯ちゃん、…可愛い。愛してるよ」

中村さんはなんの重みもなくそう言うと、あっさりとあたしの中に入ってきた。

 

…はい。

一回目の正常位でも、十分感じてました、あたし。

…でもでもでも!

オフィスで、自分の机につかまって、服も乱れたまま、こんな格好なのに!ううん、こんなシチュだから?

あたしは後ろから中村さんに突かれながら、「はしたない」っていう言葉が一番似合うくらい悶えてる。

「やあん、あん、…ああんっ」

くちゅっ、くちゅっとイヤらしい音が、あたしと中村さんをつなぐ。

き、気持ちいいよお〜。

せめて声を抑えなきゃ、って思うのに、自分でも知らなかったイイところばっかり突かれて、我慢できないっ。

誰か助けて!

そんなあたしの後ろから、彼の左手が胸の先端を、右手の指先がクリトリスを刺激しつづける。

くちゅっ、くちゅっ、といやらしい水音が、聞きたくなくてもあたしの劣情を煽って…。

 

本能のままに腰を揺らしながら、あたしはもう、どこが気持ちイイんだか、訳分からなくなってきた。

視線を上げて前を見ると、夜景を見下ろすオフィスの窓に、つながるあたしと中村さんが映ってる。

きゃ、きゃあああっ!ヤだっ!

恥ずかしくて目をそらそうとするあたしの顔を、中村さんが見てごらん、と顔の向きを変えて無理矢理目に

入れる。

「可愛いよ、唯。そんなエロい顔、自分でも見たことないんじゃないの?」

促されてそちらに視線をやれば、確かに自分さえ知らない、しどけない顔をした女が映っている。

…やだ、あたし、あんな淫らな顔してるの…?

自分の姿態に燃えるような羞恥を感じるあたしをいたぶるように、彼は愛撫の手を緩めない。

 

「あっ、あっ、あ…!」

中村さんの、さらさらした髪が、あたしを打ちつけるたびに揺れる。

艶やかな表情をした中村さんが、あたしの耳元に口を寄せる。

「…もっと中にいたいけど、そろそろ九時だから、イくね」

そう言われたあたしは、あわててオフィスの時計を見上げる。

えっ、九時!?

やだっ、下から守衛さんが上がって来ちゃうっ!

速度を増した彼の動きが、昇りつめそうなぎりぎりの場所で焦らされていたあたしを、高みへと連れて行く。

こんなに気持ちイイの…ああ、もう、だめ。

もし誰に見られても、ここで終わりなんて、無理。

もう少し、もう少しなの。

そこを…あっ…!!

「ん、んん、ああん、あん、あ〜っ!」

叫ぶようなあたしの声と共に、同時にふたりの動きが止まる。

きゅうん、と切なく締め付けていたあたしの中から、ずるりと彼が引き抜かれる。

「…はあっ…」

へなへなと力を抜くあたしの体を裏返して、余韻を楽しむように中村さんはあたしの唇を捜す。

ん…気持ちよかった…って!それどころじゃない!!

不意に我にかえったあたしは、あわててカットソーをずりさげ、ショーツを上げ終えたところに、ちょうど守衛さんが

部屋へと入ってきた。

あ、危なかったあっ!!ふ〜危機一髪!

 

「遅くまで、お疲れ様です」

何も気がつかなかったらしい守衛さんは、ぺこりと頭を下げると部屋をちらりと一瞥しただけで、出て行った。

ちらりと横を見ると、中村さんはベルトも止めずにスーツのポケットから取り出したタバコに、ジッポで火をつけよう

としてる。

「社内禁煙です!」

いらだちをこめて中村さんのライターを奪うと、嬉しそうに笑いながらあたしの手をつかんで膝の上に座らせる。

「唯ちゃん、堅いなあ〜。そこがまたイイんだけど。・・・ね、今度はどこでする?」

楽しそうに告げられたその言葉に、あたしは思わず絶句する。

…どこって…。フツウにどっちかの部屋とかじゃ駄目なんですか?

「もう、俺のこと、避けないよね?。

 あ、ねえ、今度は社長室とかどう?」

…。

このヒトとつきあうのは、浮気がどうとか、他の女がどうとかそれ以前の問題だわ!とあたしは今更ながらに気づく。

…身が持たない。

あたしは、もう一度自分の服を整えてから、真面目な顔で中村さんへと向き直る。

「あの、やっぱり私中村さんとはなんていうか…世界が違うっていうか…」

言いよどむあたしに、中村さんは明るく言う。

「大丈夫だって、ちゃんと俺がイロイロ教えて染めてあげるって!」

って!

染めてほしいのは、あたしじゃなくてレースなんです!

返す言葉さえ浮かばないあたしに、ちゅっ、と彼がもうひとつ、キスを落とす。

ああ、出張先でのあれはたった一度のアヤマチのはずだったのに、流されて二回目もしちゃった…。

あたしの願いはただ、普通の幸せ、なのに。

ああ、こんなあたしに平凡でも明るい未来は来るんでしょうか…?

 

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