- TOXIC 1 -

 

ちょっと待って。なんでここに中村さんがいるの!?

シャワーからホテルのバスタオルだけを巻き付けて出てきたあたしは、悠然と窓際のソファに座ってる

人の姿に絶句した。

「わ。唯ちゃんのセクシーショットだ。これ見れただけでも、この出張来たかいあるな」

私の驚く姿などどこ吹く風の中村さんが、手で写メを撮るマネをする。

ただの同僚なんだから、下の名前で呼ばないでよっ・・・てそうじゃなくて!

「ななな、なんでここに中村さんがっ!真紀ちゃんはッ?」

あたしは女同士だからーと気楽にベッドの上に放っておいた服をひっつかんで、胸元を隠す。

何、この状況。・・・・っていうか、マジで、ヤバいってば。

 

合コンに行けば、必ず一番可愛い子をお持ち帰りするだの、新入社員女子はもれなく彼に憧れる

だの、特定の彼女は面倒だから作らないだの・・・。

そんな伝説を山ほどもつ男と海外のホテルで二人きりなんて、いったい何の天災なのッ!?

「あ〜真紀ちゃんねーさあ、どこでしょう?」

ふふっ、と艶やかな笑みをこぼした中村さんが、長い脚をゆったりと組み替える。

・・・ううっ。

そんな何気ないしぐさが・・・・くやしいけど、かっこいい。

・・・うん、えーと、実は。

あたしも入社したての頃、廊下ですれ違った中村さんのあまりのかっこよさに・・・。

小さなガッツポーズと共に、心の中で叫んだ。

世の中に、現実に、こんなかっこいい人がいるんだあーっ!

だけど。

第一志望の会社に落ちてヨカッタと、神様に感謝しそうになったあたしの耳に次々と入ってくるのは、

中村鬼畜説ばかり。

・・・なあんだ。

風船がしぼむように、あたしの気持ちは萎えた。

タラシはダメ、っていうか無理。・・・生理的に、絶対受け付けない。

どうしてかって言うと。

うちのバカ父は娘のあたしが言うのもなんだけど、結構ナイスミドル。

仕事が出来て、物腰がスマートで、そこそこ小金も持ってて・・・会社での人気ときたら、そりゃあもう

すごくて、家庭はいっつも嵐のようだった。

まあ、女好きなバカ父も悪いんだけど、妻がいても・・・っていうか、居るからこそ燃えて特攻してくる人

たちは、跡を絶たなくて。

小奇麗な若い女にあはんと言われれば拒否できる男はまれである。

・・・ということを、あたしは齢10歳にして学んだ。

フツーの顔でも、善良な人、フツーの顔でも、善良な人・・・。

母の悲しそうな背中を見て育ったあたしは、念仏のようにこう唱えて大きくなったのだ。

その念仏が効いたのか、これ以上善良な人はいないってくらいの同期・佐藤氏とあたしはこの度婚約

したばかり。

こんなとこで、せっかくのご縁にケチつけるような事件が起こったら困るのよー!!

 

謎かけをしている中村さんを無視した私は、洗面所に駆け込んで慌てて服を身に着け、部屋に戻った。

・・・あっ、ちょっと、何勝手にビール、コップについでんのよ。

すぐ出て行ってもらうつもりなんですけどっ!

「お帰り〜まあまあ、座りなよ。どしたの、そんな怖い顔して」

中村さんが、首をかしげながら不思議そうに言う。・・・どうしたのって、アナタ。

「真紀ちゃんは今頃、俺たち部屋で課長の腕の中、だよ。

 あの二人がデキてるの、気がつかなかった?真紀ちゃんがこの出張同行って、ヘンでしょ。

 バイヤーの俺たちはともかく」

言われてみれば、その通りだ。

今まで国内でウチの製品を作ってたメーカーさんがヴェトナムに工場を新設したから来たこの出張、明日

は実際にその視察をする予定だ。

通販のバイヤーであるあたしたちは、品質が落ちないかチェックしに来たんだけど、確かに事務の真紀

ちゃんが来る理由・・・これからこことも書類をやりとりするし・・・は、あたしも弱いと思ってた。

課長とデキてたのかー真紀ちゃん!!

私まだ処女ですーみたいな純真な顔して不倫してるなんて、もう、あたしは誰も信じられないよ!

 

「で、部屋空けてっていうからさあ、ホテルのバーに行ったんだけどもう閉まってるし、ヴェトナム語なんか

 できないから外行く勇気ないしさ。

 真紀ちゃんから、良かったら部屋へどうぞって言われてカギもらってたから来たんだ。

 俺、前から唯ちゃんと仲良くなりたかったしさ」

そう言ってにっこりする中村さんは、・・・あーん、くやしいけどやっぱり好みだよおーー!

それにしても真紀のやつ!あたしが婚約中なの知ってるくせに、もう!

あたしと仲良くって、こっちは『仲良く』なんかなったら困る・・・じゃなくて、なりたくないってば!

ぜえったい、目の前のオトコにスキを見せないようにしなくちゃ!

そうは言っても異国の空の下に彼を放り出すワケにもいかなかったあたしは、仕方なくテーブルについて、

警戒心丸出しのまま仕事の話ばかりを中村さんに振り続けた。

 

・・・・で。

「あのー・・・そろそろいいんじゃないですか・・・?」

美味しくもないビールを飲みながらぎこちなく一時間が過ぎた頃、あたしは中村さんに切り出した。

・・・もう終わってるでしょう、いくらなんでも。

「部屋入って、まだやってたらどうすんの。課長の裸なんか見たくないよ、俺」

それは分かります。分かりますけど、あたし、眠いんですけど。

「でも、あのー明日視察だしそろそろ寝たいんで、帰ってもらわないと・・・」

あたしは、あてつけがましくベッド脇の時計に目をやりながら言う。

「あ、寝て寝て。おやすみ〜」

明るい・・・というか、あっ軽い!という口調で中村さんが、ひらひらと手を振って言う。

・・・って、同じ部屋に中村さんがいて、眠れるわけないでしょー!

「困りますっ。・・・噂になって誤解されちゃーたまりませんっ」

話は終わり、とばかりにあたしは立ち上がって、退出を促すようにテーブルの上を片付け始める。

ここが京都ならスマートにお茶漬けでも勧めてるとこなんだけどッ。

「あー佐藤のこと?・・・唯ちゃん、さあ」

つられたように立ち上がった中村さんは、一歩近づいて私の目を覗き込む。

・・・な、なに?その無駄に色気のある視線は。

ちょっと気安く人の髪に触ったりしないでよっ!

不覚にもちょっとときめいちゃったり・・・してない、してないったら!

あたしの動揺を楽しそうに眺めていた彼が、声を潜めてささやく。

「ホントは俺のコト、意識してるでしょ?」

な、な、ななな、なんですとー!?

ちょっと、今までのあたしの態度のどこをどうとればその結果に至るわけ?

ぱしり、とその手を振り払ったあたしを、上から覗き込むように彼が微笑む。

うわっ。嫌味なくらい、背、高!180超えてるよ、絶対。

どんだけ神様に愛されてんの、この人。

「唯ちゃんはさー、佐藤のどこが好きなの?」

中村さんは、ふふんとからかうような表情で、自分の腰に手をあてる。

どこが好きって・・・。あたしは言いあぐねる。

誠実なとこ?仕事熱心なとこ?・・・うーん、一言で表すのは難しい。

「・・・ぜ、全部です」

我ながら、陳腐な答えだけど、ちょっと、何もそんなに笑うことないじゃん!

 

「ごめんごめん、気ィ悪くした?だってさ、見てれば分かるもん。

 ホントは俺の事気にしてんのに、アンタになんか興味ないって顔しちゃってさ。

 ・・・で、選んだのが佐藤じゃん。もう、分かりやすすぎ」

あのー、いくらカッコいいからって、その自信っていったい・・・・。

佐藤君とあたしにものすっごく失礼なんですけど。

「佐藤なら、結婚相手に安心?幸せにしてくれそう?」

中村さんは、ぐいっと左手であたしの腰を抱き寄せると、右手で首の後ろを支えて・・・・。

何するんですかッ、と抗議しようと彼を見上げたあたしの唇に、自分のそれを押し付けた。

ちょっとおーーー!!!

「んんんー!」

両手のこぶしで中村さんの胸を抗議の気持ちをこめて叩くけど、びくともしない。

あ、舌まで入れてきたっ!調子にのらないでよっ!

あたしは侵入してきた舌を軽くかんで、自分の口内から彼を追い出す。

ふんっ、だ、あんたに口説かれたら即堕ちてきた女たちと一緒にしないでよねっ!

痛みに顔をしかめた彼を突き飛ばしたあたしは、彼を見上げてはっきりと宣言してやった。

「お互いのために、今のことは忘れます。これ以上、職場に気まずいオンナ、いらないですよね?」

彼を軽く睨みつけて、キスされた唇を手の甲で拭った。

動揺なんて見せたら、ますますバカにされそうだもん、クールに決めてやるっ。

「やっぱ、唯ちゃん可愛いな・・。忘れるなんて冷たいこと言わないでよ」

可愛い可愛いって、馬鹿の一つ覚えみたいに!

いろんな女にシャワーみたいに浴びせてきた言葉をありがたがる程、飢えてないっつの!

舌打ちしたいくらいの苛立ちを抑えて、あたしは自分の出せる一番冷たい声で言い放った。

「中村さん、いっぱいファンいるじゃないですか。

 一人なびかないのがいるのが、そんなに悔しいんですか?

 なんて言われようと、あたしは中村さんのことなんとも思ってないし、婚約中だし、」

あたしの言葉を聞いていた彼は、ぴくりと片方の眉を上げると、どうしようかな、という風に視線をちょっと

だけ上に向けて・・・。

急に身体をかがめた中村さんは、あたしの膝の下に腕を入れて抱き上げ、後ろにあったベットへとぽんっ

と投げるように下ろした。

・・・えっ!?ちょ、ちょっと、な・・・・!

驚きのあまり硬直するあたしの上に馬乗りになった彼が、ネクタイを緩めながらにやりと笑う。

「俺さあ、女の言う事って信じないことにしてるんだ。大抵嘘ばっか言うから。

 ・・・ホントの気持ち知りたいとき、どうすると思う?」

そんなこと、知るもんかっ!!あああっ、ちょっとっ、何あたしの服、脱がし始めてるのよっ!

 

「身体に聞くんだ。嘘、言わないからね」

そう言って、目元をほころばせた彼の視線は・・・はっきり言って、ヤバいくらいに艶めいていた。

・・・やばい。

ここでなびいて、結婚式場の予約キャンセルなんて事態は、絶対に避けたい。

なのになのに、なんでかなー、ちょっぴり、ほんのちょっぴり期待してる自分もいたり・・しないしない、だめ

だめッ、そんなの!

「もう、ホントにやめて下さい。噂になって・・・婚約破棄されたらどうしてくれるんですか?」

あたしの動きを防いだまま、さっさと自分の服を脱いでいく中村さんにあたしは必死に言い募る。

いくら鬼畜とはいえ、同僚の婚約ブチ壊すほど、非常識じゃないですよね、ないって言って、お願い!

「んー、いいんじゃない。って言うか、俺の目的それだし」

・・・・へ?

「ごめん、真紀ちゃんそそのかしたの、俺。俺たちも二人になりたいから、課長んとこ、行きなって」

ええっ?あ、何どさくさに紛れてカットソーの中に手、入れてるのよっ。

あたしは中村さんの手首を掴んで必死にその動きを止めようとする・・けど、当たり前だけど男の力に敵う

わけもない。

「でも、唯ちゃんもたいがい嘘つきだよね。

 ほら、まだなんにもしてないのに、乳首立っちゃってるじゃん。可愛い」

いつの間にホック外したんだか、めくりあげられたブラから現れたのは、言い逃れようもない程固くなって

いる、色づいた乳首で。

ぎゃーーっ、やだーっ、感じやすいあたしの身体のばかばかっ!

これじゃあ、何言っても説得力ないじゃん!

必死にバタバタと手足を動かして上にいる彼をどかそうとしてたのに・・・。

ぺろん、と乳首を舐められた途端、電流が走ったような快感が背中を走りぬけた。

・・・あっ。

動きを止めたあたしの身体の上に綺麗な唇が這っていくのを、涙目のまま見下ろした。

こんっなにヒドイ男なのに・・・なんて、綺麗なんだろう。

きりっとした眉、甘すぎなくてすっきりとした・・でも優しそうな瞳、薄くも厚くもない、完璧なカタチの唇・・・。

うーん、佐藤君にばれないんなら、一回くらいこんないい男に抱かれてみたいかも・・って、だめだよ!

今、あたしったら何考えた?

平凡な幸せを何より願うあたしの中にこんな邪悪で淫乱な女がいるなんて、我ながらショーック!

あたしはぶんぶんと頭を振って、邪心を振り払う。

大体この人、あたしの婚約破棄狙ってるって言ってたよね?

身体だけじゃなくて、人の人生まで弄ぼうってか!?さいてーーっ!

「いいかげんにしてくださいッ、大きな声出しますよ。

 いいんですか?って・・・やぁんっ!」

なんて声出すのっあたしっ!ちゃんと頭に反応しなさいっ、身体じゃなくてっ!

 

「うん、いいよ。唯ちゃんの鳴き声なら、大きな声でも可愛いだろうな・・」

って、その声じゃな〜い!!

つん、と尖った先端を彼の指がつまみ、もう片方は口に含まれて舌で転がされている。

いつもは胸くらいでこんなに感じないのに、このシチュのせいなのか、声を殺すのが必死なくらい、私の

身体は彼に刺激を与えられる度に、抵抗する力を失っていく。

「もう、ホントに・・・」

それでもあたしは弱々しく最後の抵抗を試みてみる。

「もう黙って。ここまで来ちゃったら、もう一緒でしょ?」

そう囁かれてキスで口をふさがれたとき、正直ほっとしたあたし・・・いやいや、やっぱりまずいってば!

あたしの頭の中で、怒る父親と、泣く母親、責める佐藤君の顔が交互に浮かぶ。

でも、なんか、どうでもよくなってきちゃった・・・だって気持ちイイんだもん・・・。

皆様ごめんなさい・・・唯は、自分でも知らなかったけど、淫らな女だったみたいですぅ・・・。

抵抗するのを止めて素直になってしまえば、もう、腹をくくるしか、ない。

もう、明日の事なんか知るもんか!だって今、気持ちいいんだもんっ!

 

中村さんの舌が、淫靡な生き物のように、あたしのおへその周りを廻る。

ショーツを脱がされて、膝の間に滑り込んできた彼は、あたしの両足を広げると、膝小僧に、ちゅっ、と

軽いキスを落とした。

「唯ちゃんの膝、可愛いよね。スカート短い日、用もないのに、デスクまで膝見に行ったもん、俺」

ええっと・・誉められる場所が膝って、微妙じゃない?

そこから、太ももをざわりとした感触が伝って、彼の指があたしの中心を広げる。

・・・うう、絶対なんか言われる。見なくても分かるもん、そこがもう、とろけそうなの。

でも何も言わない彼は、ふうっと、息を吹きかけた。

・・・涼しい・・・けど、なんか見るだけで、触られないって、ミョーに恥かしいなあ・・・。

彼の指が、襞と襞の間を、すうっと通る。

「・・ああんっ!」

ひゃあ。だめだー、抱かれるにしてもせめて清純派装いたかったのに、ついついツボをもとめて、腰が

動いちゃうよぅ・・・。

煽るように、あたしのイイところを微妙にずらした愛撫が、切なくさせる。

・・・・欲しい場所は分かってるくせに、意地悪。

恨んだように見上げたあたしの視線に応えるように、彼の指が、あたしの芽へとたどり着いた。

二本の指でそこを挟んだり、擦ったりするうちに、自分の中から蜜があふれ出していくのが分かる。

「素直な身体だね・・・イイコだ」

またもや微妙な誉め言葉に耳を背けた私の中に、ぬめりを擦り付けられた指が差し入れられる。

思わず閉じようとした膝を開かされ、斜め上を狙ってひっかくように動かされる。

「あ、あ、やんっ、あんっ・・・っ!」

片手で跳ねて逃げようとする腰を押さえつけ、もう片方の手は見つけた弱点を狙うように、何度も

何度も差し入れられる。

彼の手首まで伝う愛液が出す、卑猥な水音が、あたしの身体を熱くしていく。

「・・・・っく!!」

必死に声を殺しながらイったあたしを満足そうに見た彼が、ずるりと指を抜いてその指をぺろりと

舐めた。

 

「もうちょっと、いじめちゃおうかな」

そんな不吉なことをつぶやいた彼が、扉を開いてどろどろのそこへと顔を近づける。

あの中村さんが、あたしにあんな・・・あんっ、気持ちいいよお・・!

イったばかりで敏感なソコを舐めている彼の柔らかな髪が、私の太もものあたりをくすぐる。

その綺麗な顔でそんなことしてるの、かなり・・エロい・・・。

焦らすように、でも高めるように蠢くその舌に、もう一度限界まで連れて行かれそうになった時、急に

それは止んだ。

きゅう、と身体の奥が切なさに疼いた。

そんな事は多分、お見通しの彼が顔をあげて、唇についた雫を舐める仕草にどきりとする。

 

「唯ちゃん、行くよ?」

日本から用意してきたらしい(オイ!)避妊具を手早く着けた彼が、ゆっくりと私の中へと入ってきた。

・・・お、大きい!え?今まであたしが寝た人とは、えらい違いなんですけど。

って比べてる時点でどこが清純派だって話だよね、あたし。

・・・はぅん。

見上げると、髪が乱れた彼が堪えるような表情で私を見下ろしていた。

スーツを着ていると痩せて見えるのに、汗ばんだ身体は均整が取れていて、綺麗な筋肉がついている。

「唯ちゃんの中、キツい・・すぐいっちゃうかも」

あたしの身体の脇に両手を置き、大きく、ゆっくりと出し入れされる動きに、思わず背中が仰け反る。

な、なんか、ケタ違いに気持ちいいんですけど・・・っ。

なんか、あたしの快感の源に、彼自身が当たってるよ、絶対!

こんなゆっくりでこんな良くて、早くなんかなった日には・・・。

そう思った途端、彼の動きが速められた。

「ああっ!やあん、あんっ、あんっ。あんっ。あーっ!」

結合部を見せ付けるように、彼があたしの腰を持ち上げる。

つながっている音とその扇情的すぎる光景に、少しだけ残っていた理性が吹っ飛ぶ。

彼のひきしまった身体が、腰を支えたまま何度もあたしに打ち付けられるたび、身体の芯が燃えるよう

に熱くなって・・・。

ああ、もう、ダメだ、こんなの、初めてだもん。

最後のプライドで伸ばさなかった手を彼の身体に回して、私も彼の動きに応える。

恥じらいをかなぐり捨てたあたしは、快感に身をゆだねながら、思わず彼の名前を呼んだ。

「中村さんっ・・・!」

それを聞いた彼が嬉しそうに微笑んだあと、結ばれたまま、唇を重ね、舌を激しく絡まされる。

「唯、唯・・・・っ!」

激しさを増す彼にしがみついて、あたしも目をつぶったまま快感に身を任せた。

彼が爆ぜて、熱を持った身体がくたりとあたしの上に落ちて・・・どちらからともなく、深いキスを何度も

交わした。

二人の乱れた息が整ったあとも、あたしたちはしばらく抱き合ったまま、ただ、その余韻に身を任せて

いた。

 

はい、正直に言います。正式な彼氏じゃないのとやっちまったのは、初めてではありません。

でも、でもでも、会社の同僚なんて危険な相手としないくらいの自制心はあるつもりだったのにい!

いくら気持ちイイセックスも、終わっちゃえば向かわなきゃいけないのは、現実。

あたしはシャワーを浴びながら、中村さんにきっちり口止めしなくちゃ、といきなり現実的になってた。

どうせ彼だって一回ヤって満足だろうし、彼女作らないポリシーなんだし。

ヤツが口をつぐんでくれれば、佐藤君との婚約はまだぽしゃったと決まったわけじゃない。

真紀と課長は、不倫をタテに脅してでも黙らせて・・・。

そんな謀略をめぐらせてるあたしのシャワーに、中村さんが乱入してきた。

「わっ!まだいたんですかっ!」

あたしは反射的に両手で身体を隠す。

「まだって・・・冷たいなあ、唯ちゃん。

 ・・・いまさら隠すことないよ、さっきばっちり見たし」

そう言うと、壁にかけてあったシャワーを取って、泡まだついてるよ、とあたしの背中にかける。

「なになにー、ぼんやりしちゃって。

 佐藤に、婚約破棄するセリフでも考えてた?」

なんでそうなる!?

唖然とするあたしににっこりと笑う彼。

「だって、もう彼とじゃ満足できないでしょ?」

・・・・・ちょっと、誰かこの自信過剰なオトコ、殺してください・・・。

 

「中村さんのセフレになるために、婚約破棄するバカはいませんよっ。

 分かってると思いますけど、さっきのことは・・」

「記念すべき一回目、ってことで」

「最初で、最後ですっ!!」

あたしは、思いっきり叫ぶ。もー、なんなの一体!

彼は、不思議そうに首をかしげる。

そんな仕草までもが美しくて、本当にイケメンは得だよね、と毒づきたくなる。

「ねー、なんで俺を新しい彼にっていう案は出ないかな」

「・・・はあ?彼女、作らない主義なんですよね?」

思わず素でそう訊いた私に、彼は怪訝な顔をする。

「・・・誰がそんないい加減な事を」

「みーんな、言ってますよ!お持ちかえり鬼畜中村は本命は作らないって!」

中村さんは、ちょっと驚いた顔をしたあと、くつくつと可笑しそうに笑い出す。

「分かった。物流のやつらだな。

 唯ちゃんが入社するなり俺が可愛い可愛いって騒いでたから、君を脅しにいったんだよ」

え・・・じゃあ・・・。

「もー、こっちは最初っから気に入ってんのに、俺のことだけ完全無視だし。

 ・・・まあ、意識してんだな、って自信はあったけど」

・・・もてるオトコって、やっぱり嫌かも。

っていうか、『鬼畜』と『お持ち帰り』は全然否定してないし、この人。

「あたしは誠実な人が好きなんですっ・・・。中村さんは素敵ですけど・・」

「誠実って・・・」

中村さんは、ちょっと真剣な顔になる。

っていうか、二人とも真っ裸で真面目に話すって、かなり微妙なシチュエーションだよね。

とりあえずここから出ませんか、と提案しようとする私に彼は問いかける。

「浮気しないから、佐藤くんって?じゃあさ、佐藤が浮気したら、どうすんの?」

あたしは、ぐっとつまる。イイヒトじゃなくなった佐藤くんの魅力・・・。

「少なくとも、中村さんよりは危険性低いですっ!」

彼は、へーえ、と嫌味ったらしい様子で笑ったあと、目を眇める。

「自分の意志で浮気しないのは立派だけど、誘いがないから浮気しないのってさあ、それって誠実なわけ?」

ごもっともすぎるその指摘に、あたしはぐうの音も出ないまま風呂場での二回戦目へと突入されてしまった。

ああ、もう、この流される性格、どうにかしないと!と思いながらも一回も二回も一緒かぁ、なんて溺れてしま

ったあたしって、中村さんクラスのダメ女でしょーか・・・。

 

帰国して最初の出社日。

あたしは、いつもとは違うみんなの視線を感じて青くなる。

・・・もしかして、もう、中村さんと噂になってるわけ?

・・・・!!!ひええええっ!どどどんな顔して佐藤君に会えばいいの?

えいやっとオフィスの扉を開けると、私の机の前で、佐藤君が待ち構えていた。

みんなの視線がいっせいにあたしたちに集まって、血の気が引く。

・・・・・さ、最悪だあ・・。

「あの、えっと、おはよう。何か話があるんだったら、会社終わってから・・・」

佐藤君は無言のままあたしの手首を掴むとオフィスを出、廊下をずんずん歩いて、給湯室に入る。

扉の閉まった音の荒々しさに、私は思わず目をつぶった。

優しくて温厚な佐藤君が、こんなにも怒ってる。

当たり前、か。

はあ、とため息をひとつこぼして、あたしは覚悟を決めた。

やっちゃったことは仕方ない。潔く謝ろう、そう思った時。

 

「ごめん、唯ちゃん。・・・噂、本当なんだ。俺、受付の山岡さんと・・・」

・・・・は?・・・なんか、話見えないんですけど・・・?

噂って・・・佐藤君と山岡さんがって・・・ナニソレ?

つまり、皆が噂してるのはあたしと中村さんのことじゃなくて・・・ええっ?

「ごめん・・・君のご両親には、改めて謝りにいくよ。

 彼女・・・妊娠してるんだ。・・・だから君とは・・・」

ええっと・・・あたしたち、つきあって二年経ってるよね?

・・・ってことはフタマタかよー!世界一善良なオトコだと思ってたのにィ!

ごめん、と言い捨てて給湯室を出て行く佐藤君の背中を呆然と見送る。

フタマタ&婚約破棄だっていうのに涙も出やしない。

ま、あたしも今となっては同罪なわけだし。

佐藤君と入れ替わるように、誰か入ってきた。

うろんな目つきで視線を上げたあたしの目に、あの悪魔が映る。

「唯ちゃん、見る目なさすぎ。」

口の端だけを上げたその笑顔は綺麗だけど、うん、天使っていうより絶対悪魔だわ。

・・・・でも。

あの日私を口説いたのって、もしかして、噂を知ってて・・・?

「中村さん、あの日の事って、佐藤君の噂を知った時にあたしが傷つかないために・・・?」

それを聞いた中村さんは、にっこり笑って、んなワケないじゃん、と軽く言い放つ。

「噂は知ってたけど、抱いたのは、唯ちゃんが可愛いからだよ」

か、会社で抱いたとかゆうなあ〜!と言おうとしたあたしの唇は、すでに鬼畜に塞がれていた。

ちょ、だから、なんでこの人にキスはこんなにあたしの腰を砕けさせちゃうのー。

ああ・・・あたしはただ、平凡でも優しい人と幸せな家庭を築きたいだけなんだけど・・・。

激しくなるキスに翻弄されながら、あたしは目の前の美しい男にだけは堕ちるもんかっ、と必死で

なけなしの理性をかき集めていた。

だってこんな、ただ顔が良くてエッチが巧い男なんて、男なんて・・・って何スカートに手ェ入れてる

のっ、ココ会社の給湯室だよっ!

こんな鬼畜にロックオンされたあたし、唯の明日はどっち!?

 

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