- いつのまにか -

ホントにいいってば、仕事も忙しいし、もう合コンとかそういう年じゃないし、と何度も断ったのにどうしてこんなことに

なったのだろう。

女だけの暑気払いするから仕事終わったらおいで〜というメールに乗って金曜だし、ま、いっかとなじみの居酒屋に

行ったら、待ってたよーと笑う女友達二人と、見知らぬ男が三人座ってた。

騙された、と分かった瞬間背中を向けて帰りたくなったけど、男三人のうちの一人がめちゃくちゃ好みだったから、

足を止めた。我ながら現金だ。

おっ、っていうか三人ともけっこうよくない?相変わらずなぎさ、いい仕事するね。

「はい、真由、杉原さんの前座って。あ、ビールでいいよね、すいませーん、生一つ!」

合コン番長なぎさはメンバー集めのクオリティといい、盛り上げスキルといい、ホントに素人にしとくには惜しい人材だ。

真由、久しぶり、と控えめに微笑む詩織は隣の席のサラリーマンたちがさっきからチラ見してくるくらいのビジュアル

担当。

じゃあ私は、というとなんの役にも立ってないなと謙遜じゃなく思う。

強いて言えば引き立て役?と考えかけて、止めた。

やめよう。美人じゃないわ、ひがみっぽいわじゃ、救いようのない感じだ。

まあ、こうなってしまった以上、楽しもう。ほんの一時だけ飲んで多分もう二度と会うことはない人たちだけど、どうせ

帰ったって録画してあるドラマを缶チューハイ片手に観るくらいだ。

運よく結構好みの人の前に座れたことだし?

私は威勢のいい居酒屋のお姉さんが持って来てくれた生を片手に、真由です、と自己紹介した。

 

幹事役の横山さんは、なぎさの好みだな。一番年上っぽい青山さんは体育会系っぽいからきっと詩織を狙うね。

ジョッキを合わせながらさりげなく男性陣を吟味していたら、向かいに座った杉原さんと目が合って、ちょっとどきっ

とした。

わわ、この人、ほんっとに私の好みど真ん中かも。

私って昔っから、こういう真面目そうで、優しそうな目元の人に弱いんだよなー。

うーん。でも・・・あれ?この人・・・なんか知ってるような気が。

もしかしてどこかで会ったこと、ありませんか、と彼に訊こうかと思ったけど、やめた。

だって下手なナンパみたいでカッコ悪いし。

だけどやっぱり見た事がある気がして、それがどこだったか思い出そうとした私は、ついつい彼ばかりを見つめて

しまった。

目ざとく気がついたなぎさが、メニューを見せるフリをして小声で「杉原さん、好み?でも、気をつけて。ああ見えて

結構タラシみたいよ?」とささやく。

これだから長年の友達はやだよ。大学入ってからだから、ええと、げっ、もう8年?

まあお互いイロイロ、うん、いろっいろ知ってるもんね・・・・。

そんなんじゃないってば、なんか私杉原さんにどこかで会った気がしてさ、と説明した私の言葉に、なぎさが驚いた

ように目を見開いた。

相変わらずなぎさ、目、大きいな。でもちょっと、マスカラ塗りすぎじゃない?

や、じゃなくて、いつも冷静ななぎさがうろたえるトコ、久しぶりに見た気がするよ。

「・・・気のせいじゃない?杉原さん、名古屋から転勤してきたばっかりだってさっき言ってたし。

 好みだからってガード緩めちゃダメだよ〜?」

杉原さんに視線を送りながら、大きな声で釘を差すなぎさを、やめてよと慌てて止める。

だいたいなぎさは過保護すぎる、といつも思う。君は私のお父さんか、ってくらい。

大学時代私の彼がふたまたかけてあっちを選んだ時も、私より怒り狂ってたしな。

え、何、真由ちゃん杉原が好みなのー、ショック、とふざける青山さんに、違いますってば、と引かれない程度に

真顔で否定する。

杉原さんがそのやりとりをどんな表情で聞いてるのか、怖くて見れなかった。

ああもう、なぎさのバカ。

別にもう会わない人だし、よく思われたいなんてたいして思ってないけどさ、好みですー、みたいに擦り寄ってる

なんて思われたくはない。

女26で彼いない歴4年ってまあイタイっちゃイタイ人かもしれないけど、焦ってるなんて思われるのだけはカン

ベンだ。

 

騙された感じで参加した合コンだったけど、終わってみればすごく、楽しかった。

笑顔が優しい杉原さんはすごく話上手で、飼い犬の話から高校時代のバカ話、今の上司のカツラ疑惑にいたる

まで腹筋が痛くなるくらい笑わせてくれた。

横山さんは、全員が楽しめるようにうまく場を仕切れる人だったし、斜め前に座った青山さんは聞き上手突っ込み

上手で、時間が経つのを忘れるくらい私たちは盛り上がった。

だからいつもはどんなに勧められても飲んで三杯までにしておくお酒も、今日はすいすいと杯を重ねてしまった。

立とうとして、自分が酔ってるのに気がついたけど無理に姿勢をしゃきんとしてレジに向かうために、自分の靴を

探した。・・・・あれ?

「どうしたの、真由?」

立ち止まる私に気がついた詩織に、靴がないの、と正直に答える。

ふとレジの方を見ると男性側の幹事の横山さんがカードで支払っている。

・・・・ややこしい事を言って、他の人の足を止めるのは申し訳ないかも。

私は詩織に五千円札を渡すと、これで払ってきてくれる?と頼んだ。

「ゆっくり探すから、他の人には言わないで。終電近いし、迷惑かけたくないから」

私は両隣の座敷の人たちの靴をさりげなく見ながら、店を出て行く男性陣に軽く手を振った。

詩織が戻ってきて、おつりを手渡してくれる。

「見つかった?」

心配そうに私の目を見る詩織になぎさは、と聞くと、横山さんにお持ち帰られ〜と苦笑した。

ふむ。私の予想はビンゴだったわけだ。まあ、それはともかく。

困ったなあ。誰か間違えて履いてっちゃったのかな。

終電が近づくにつれ焦ったけど、私より家が遠い詩織を道連れにしても意味はない。

私は店のトイレに行くための黒いサンダルを見下ろしながらため息をついた。

「・・・私、店の人にこのサンダルでも借りて帰るよ。詩織、もう帰って。終電逃しちゃう」

ホントに大丈夫?、と気遣わしげにしてくれる詩織に無理に笑って手を振る。

詩織が何か言いたそうな顔をしていたような気もするけど、とりあえず探さねば。

店員さんに訳を話すと手の空いている人総出で探してくれけど、私のお気に入りの靴はとうとう見つからなかった。

こんなので申し訳ないのですが、と貸してもらえた黒い健康サンダルを履いて、私は店を出た。

うう、スーツにこの健康サンダルで家まで帰るのか・・・いったい何のバツゲームだ。

そう思いながら駅へと向かう道にあるコンビニから出てきた人の姿に私は硬直した。

「す、杉原さん・・・」

 

目が合ってなかったらぜひ隠れたかったけど、コンビニの袋を提げた彼は、生憎もうばっちりと私を見つけてたし、

おまけに視線は足元の健康サンダルに釘付けになっていた。

「・・・・え。どうしたんですか、それ」

驚く杉原さんに、私は仕方なく正直に事の次第を話した。

杉原さんはちらと腕時計に目を落とすと、タクシー乗りましょう、と私をタクシー乗り場へと促した。

「確か、杉並の方でしたよね?僕、吉祥寺だし途中で降ろしますよ。二人で乗れば割安だし」

願ってもない申し出にすぐ頷きたくなったけど、私は理性でいいえとんでもない、と断った。

中央線はぎりぎり動いてる時間だし、私はともかくこの人にはなんのメリットもない。

そう告げた私に、彼はまたあの柔らかな笑顔を向けた。

「や、結構飲みすぎちゃって電車乗って帰るのかったるいな、って思ってたんですよ。

 それに、なんか慌しい解散で、真由さんにちゃんとさよなら言えなくて残念だな、って思ってたし」

それでもまだ迷っていた私の手を取って、行きましょう、と歩き出した杉原さんの手はひんやりとしていた。

誰かと手を繋ぐのも四年ぶりだ、と気がついて、ちょっと胸が熱くなった。

よく知らない人とタクシーに乗るなんて軽率だったかな、と緊張していたのは初めの15分くらいで、飲みすぎ

てしまった私はどうやらすっかり寝込んでしまったみたいだ。

何度か眠りが浅くなった時、杉原さんの肩を借りて眠ってる事に気がついたけど、そのままもう一度ぎゅっと

目を閉じて眠りに落ちた。

だって、人の身体って温かいんだなあ、と思いながら車の揺れに身を任せるのは気持ちが良かったし、彼が

つないでくれた手がとても、優しく思えたから。

 

車が停まった時、寝ぼけ眼だった私は、そこが見知らぬ場所だったことで一気に目が覚めた。

え!?どこ、ここ!

1万980円です、という運転手さんに杉原さんが財布を取り出して支払いを済ませているのを呆然と見つめな

がら、彼に訊く。

「あ、あの、ここ・・・」

混乱しながら彼を見た私に、とりあえず降りて?と彼は微笑んだ。

え、でも、ここ私の家じゃないし、ここでタクシー降りちゃったら私どうやって帰ったらいいのという疑問がぐるぐる

と頭を駆け巡ったけど、ありがとうございました、という運転手さんの声に追い出されるように私は車から出た。

ここって、もしかしなくても・・・。

目の前にそびえたつ高級なマンションを、僕のうち、と言いながら彼は私の背中を押してエントランスへと向かった。

ええええ。何それ。

「え、あれ、あの、私・・・そんなつもりじゃ」

にこり、と笑った彼の目元はなぜかもうそんなに優しそうにも、誠実そうにも見えなかった。

私の頭の中で警告アラームが鳴り始める。

「うん、そうだよね。杉並で一応声かけたんだけどさ、起きなかったから。

 寝顔も可愛かったし、まあいいかなと思って僕もそんなに強くは起こさなかったんだけど」

まあよくないよ!起こそうよそこは。うん、起こして欲しかったよぜひ!!

「とにかく、こんなとこで立ち話もなんだし、おいで」

手首を掴んで私を促そうとする彼の手を、私はぱっと振り払い、彼をにらみつけた。

・・・・・こんなの、ヤダ。

確かに好みだよ?お勤め先もしっかりしてるし、話も面白いし、飲み会のほんの短い時間一緒にいただけだけど、

すごく人に気を遣える人だって分かったよ?

もう26だし、処女でもないし、そんなにカワイコぶるつもりもないけどさ。

 

「私・・・・始発までファミレスででも時間つぶします。駅、どっちですか?」

すっかり醒めた頭で私は彼にそう告げた。

せっかく楽しい合コンだったのに。普段はしないメール交換も杉原さんとして、もしかして結構仲良くなれたりなんか

して、とちょっと期待してたのに。

こんなお手軽に抱けると思われたなんてちょっと屈辱かも。

タクシーの中で眠っちゃったし、なりゆきで彼に手を握られてその手を外さなかった私も、悪いんだけど、さ。

杉原さんは、そっか、とつぶやいた後私に一歩近づくと、少し身をかがめ、がばりと私を抱き上げた。

「え、えええーーー!?」

これってねえお姫様だっこ?私、身長160あるよ?杉原さん背、高いけど細いし、抱き上げたまま歩けるって結構

怪力?っていや、驚くのはそこじゃないよ、私!

「な、な、なにするんですかっ!?下ろしてください!」

ぎゃあぎゃあわめく私に、近所迷惑だから静かにして、と杉原さんはにっこりと笑いかけながらどんどんとマンション

内部へと歩いて行った。

「ちょっと、ホントに、あっ、サンダル落ちた!それ、居酒屋さんに借りたヤツで・・・!」

ばたばたと暴れたせいで落ちたサンダルを一階に残したままエレベーターはぐんぐんと上へと昇っていった。

私はあせりながらも必死に頭の中で逃げる算段を整えた。

いくらなんでも私を抱き上げたまま鍵は開けられないはず。下ろした時が、逃げ出すチャーンス!

と思ったのに、声紋照合で鍵が開くなんて、どんなハイテクマンションなんだーーー!

 

マンションの中は、外観を裏切らない豪華さだった。

うわー生活感皆無!なにこのスイートルーム的なインテリア!ただのリーマンが住むトコじゃないよこれ、っていや

そんな観察してる場合じゃなかったんだった!

「わ、私、帰ります。あの、ホント、自分が迂闊だったのは分かってるんだけど、ええと、OKって思わせちゃったなら

 誤解なんで、あの」

杉原さんは、私をすとんと床に下ろすと、何飲む?とさらりと私の問いを無視した。

・・・・人の話は聞こうよ。っていうか、この人飲み会の時とキャラ違わない?

その場から動かない私に、ぴくりと片眉を上げた彼は軽くと笑うと私の髪を梳いて耳元にそっと唇を寄せた。

「ベッドより、ココでしたい?」

何言ってるの、と言い返そうとした唇は、彼の唇でふさがれた。

追いつめられるように身体を押されて、気がつけば壁と彼の間に挟まれていた。

左手を玄関脇の壁について身体で私を押さえつけ、右手は私の後頭部を支えるように私の顔を上に向けている。

突然のことにびっくりしすぎた私は、目さえつぶれなかった。

近くで見上げる彼の閉じた瞳に伏せるまつげが、くやしいくらい長い。

「・・・やっ、やだ、んっ・・!」

両手で彼の胸を押し返そうとしたけど、華奢に見えた彼の身体はびくともしない。

彼は私の抵抗など春風のようにかわし、何度か顔の角度を変え、必死に歯を食いしばっていた私の口内に舌を

滑りこませた。

キスに上手い下手があるなんて、今までよく分からなかったけど。

必死に逃れようとする舌を絡め取られながら、私の身体から抵抗する力が抜け始めるくらい、彼は上手かった。

だめだ・・・・この人のキス、蕩ける。

 

私が暴れなくなったのを潮に、彼は唇を離すと私の頬やまぶたの上に、軽いキスを幾つも落とした。

そのキスが柔らかくて、まるでとても愛しい人に捧げられてるキスみたいな気がして、私はちょっとぼうっとした。

・・・そういうのって、反則じゃない?

咎めるように見上げた私の視線を捕らえた彼の瞳が甘く細められる。

休憩は終わりとばかりに、彼の手が私のぴたりとしたキャミの中にもぐる。

少し汗ばんでる肌の上を、大きな手が動くたびに、私はびくりと身をすくませた。

背中のホックを器用に外した彼は、キャミごとブラをめくりあげ、私の胸をさらす。

玄関内部の灯りがオレンジ色なせいか、自分の肌がやけに白く、扇情的に見える。

胸の先端を口に含み、転がす彼の整った顔を見下ろすうち、彼の耳にピアスの穴を見つけた。

なんか、すごく意外。堅い仕事なのに、っていうか、もしかして勤務先とかも全部嘘?

ぐるぐるといろんな事を考えていた私の事を見透かすように、彼が視線を上げる。

「・・・・・他の事考えられるなんて、余裕あるね。覚悟して、何も考えられなくしてあげるよ」

言葉通りに、彼の指先が私の乳首を痛い、と気持ちイイ、のちょうど間くらいの強さでつまむ。

声を殺すのに必死な私をあざ笑うように、彼の手の平が私の乳房全体を揉み解し、もう赤くそまった先に歯を立てる。

「あ・・・や、んっ・・!」

こらえきれずに漏らした声に、彼が低く囁く。

「初めて聞いたときから可愛い声だと思ってたけど、予想通り」

彼の舌に、というより、指先に、というより。

その言葉と彼の視線の色気に自分の中心が熱くなるのが分かった。

この人、やばい。私なんかが敵う相手じゃ、ない。

近づいて来た彼の唇を、目を閉じて受け入れたのと同時に、彼の手の平が私のスカートの中に忍び込んできた。

もどかしげにストッキングを下げ、内ももの辺りを動く彼の手に思わず腰が動きそうになる。

口の中を犯されながら、彼の指がそこに触れてくれるのを祈るような気持ちで、待つ。

つい、とショーツの布越しに彼の指がソコをなで上げた。

「んっ・・・!」

待ちかねた刺激は、じらすようにするりと離れ、また足の方に逃げていく。

やだ、どうして、そう思いながら息継ぎするように唇を離す。

「・・・・・もう、とろとろ。どうする?着替えないのに、すごいよ、ここ」

 

彼のイジワルな声に、私の羞恥心が振り切れる。

実況なんかされなくても、どうなってるかなんて、分かってる。

そんなことより、イジワルしないで。

恥ずかしくてうつむいた私の顎についと指をかけて彼が顔を上げさせる。

「顔、隠さないで。・・・・見せて。どんな顔でイクのか」

やだ、という暇もなく、ショーツのヘリから指が差し込まれた。

ぬるり、と彼の指を飲み込んだそこから、いやらしい水音が静かな室内に響く。

「あ・・くっ・・・いや、あ、そこ・・・・だめっ」

人差し指と中指が中を、親指が膨らんでいるだろう芽を擦りあげる。

ぎり、と肌にくいこむショーツが痛くて、思わず顔をしかめた。

だから、彼がやっぱ、ここじゃやりにくいな、と私を抱えて寝室を開け、中途半端に私に絡み付いていた服たちを

剥がしてくれた時にはむしろほっとした。

本当に一人で住んでるの?と問いたくなるようなキングサイズのベッドには、皺一つないシーツがぴしりとかかっ

ている。

ほのかな明かりの下で、彼がネクタイをゆるめ、一枚ずつ脱いでいく姿から目をそらし、

私はシーツの間へと身体を滑り込ませた。

全てを脱ぎ捨てた彼が、私の隣に身体を横たえて、ぎゅうっとその腕の中に私を閉じ込めた。

彼はもともと体温が高いのだろうか、ぴたりと寄せられた肌が燃えるように、熱い。

私の膝を割るように入れられた彼の太ももがぐい、と上に向かって突き上げ、私の中心を捕らえた。

「真由ちゃんの身体、冷たくて気持ちいい・・・・中は熱いのに、なんでだろ、ね」

甘えるような仕草で首を傾げる彼が、私の上唇をついばむように何度も味わう。

 

そのまま頬に、耳朶に、首筋に。

鎖骨を舐めたあと、両胸を通って、おへその辺りに。

焦らすように反らされたその舌は、太ももの内側を通って膝に軽くキスして、止まる。

身体を起こした彼が、私の片膝を立てたまま、観察するように私のそこを指で開く。

やだ、恥ずかしい。そう思えば思うほど、潤むのが分かった。

「・・・・どうする?後悔するなら、やめるけど」

優しげな言葉とは裏腹に、くるりと円を描くように芽の周りを何周かしたあと、彼の指がつぷりと私の中へと

挿入され、中を探検するように抜き差しされる。

「・・・やっ・・・そんなこと、訊かないでっ・・・」

いやいやと首を振る私のそこをさんざん弄んだあと、ベッドサイドの引き出しを開け、小さな袋を取り出す。

用意いいな、っていうか、いつもは誰と、と考えそうになってやめた。

不毛なことを考えても仕方ない。会ったばかりでいきなりなんて誉められるコトでもないけど、どっちにしろ、もう

止まらない。・・・・彼も、私も。

 

「うっわ、キツ・・・」

彼のかすれた低い声が、私の耳元でくっ、と漏れたあと、そう言った。

そっか、四年ぶりだもんなあ。処女膜、再生してたりして。

何かひっかかる場所でもあるのか、するりと入らないそれを、角度を変えて彼が埋め込んでいく。

「・・・真由ちゃん、そんな、締め付けないで。ただでさえ、我慢しすぎてすぐイキそうなんだから」

締めてなんていない、と答えたかったけど、あいにく私もそんなに余裕、なかった。

細身に見えたのに、脱いだら結構鍛えられてる彼の裸体を見上げながら、彼を受け入れるために腰を動かす。

「ちょ・・・まっ・・・ふう、全部入った。・・・気持ちイイ、真由ちゃんってさ、名器とか言われちゃう人?」

いたずらっぽく笑ったその顔と、少し乱れた髪が、ふいに私の中の記憶と結びついた。

「杉原さん・・・下の名前・・・・拓海・・・でしたっけ?」

フルネームを心の中でつなげた私は、彼とつながったまま、息を飲んだ。

杉原拓海と言えば、もしかして大学時代マンモス大学にも関わらず、知らない人がいなかった・・・。

「もしかして、鬼畜たっくんーーー!?」

 

せいかーい、と笑った彼の表情はむしろさばさばとしていた。

「真由ちゃん、全然気がつかないし、口説くにはまあ好都合だったんだけどちょっと寂しかったんだよ?

 大学時代、何回か声かけたのに全然無視だったし、俺むちゃ圏外?ってさ。

 あー、でも良かった。『誠実な杉原くん』なんて、俺の柄じゃないしさ。

 ずっとそういうキャラで行かなきゃいけないのかちょっと悩んでたトコ。ってことで」

言いたいことだけ告げた彼は、私の腰に手をかけると、ずん、と深く突き上げた。

え、いや、ちょっと待った。さっき違う大学出身だって言ってなかったっけ?

なんで同じ大学だってことわざわざ隠したの、と混乱する私をかきまぜるように、彼は深く、何度も差し入れてくる。

抜き差しされる場所から生まれる水音と、彼の呼吸と、私の嬌声がエアコンの効いた室内の温度を少しずつ上げて

いく。

「あ、あ、いやっ・・・あっ・・・」

逃げる私の身体に打ちつけながら、彼の指が私の敏感な芽をつぶすようにいじる。

「いやっ、そこ、ダメっ・・・やだ、触らないでっ・・・!」

私のリクエストに応えるように、指を離した彼が角度を変えるために、彼が私の膝を肩へと抱え上げ、より深く、早く

突き上げていく。

私の身体の下に両腕を入れた彼が、ぴたりと身体を重ねたまま、速度を上げる。

真由、と耳元で囁くかすれた声が私の快感を煽っていく。

「・・・最短記録更新、って感じだけど、一回イカせて?も、ダメ」

赦しを請われなくても、私ももう、限界だった。

さすが鬼畜たっくん・・・・と思いながら、私は快感の波にさらわれながら、意識を手放した。

 

初めての朝っていうのは誰とでもなんだか気恥ずかしいモノだけど、翌朝の私の後悔といったらなかった。

ハタチやそこらのコならともかく、いい年して、しかも、共通の知り合いがたっくさんいる遊び人と。

そう考えると、背筋が寒くなると同時に疑問が湧いた。

顔が広くて物覚えがいいなぎさは、本当に「たっくん」の素性を知らなかったのだろうか。

『鬼畜たっくん』の噂をそういう話に疎い私に耳タコなくらい吹き込んだのは、他でもないなぎさなのに。

確かに昔は金色に近い茶色の髪で、ちゃらちゃらした服にピアスっていういかにも、な格好だった彼が、昨日は

どうみても真面目なリーマンに変身してた訳だけど。

私は隣で気持ち良さそうに眠る彼の横顔を見下ろしながら、はたと我に返った。

・・・・・彼が起きる前に帰ろう。

彼が起きた後、何を話していいんだか分からない。彼にとっちゃ勢いで寝たことくらい、山ほど持ってるポケット

ティッシュが一個増えたくらいの出来事かもしれないけど、私にとってはこういうのって初めての経験な訳で。

そんな考えを吹き飛ばすように、玄関の方から物音と気配が伝わってきた。

ええっ、もしかして、一緒に住んでる人がいるの!?それとも、土曜だから彼女が遊びに来ちゃったとか!?

青ざめる私は、慌ててベッドから下りると散らばっていた自分の服をひっつかんで、隣の部屋へと逃げ込んだ。

入るなり自動で電気がついたそこは贅沢すぎるバスルームで、ガラス張りのシャワールームが独立している。

そういえば鬼畜たっくんはお金持ちだって聞いたことあるなー、と今更思い出してもどうにもならない噂を思い

出しながら、私は必死に破れたパンスト以外の服を身につけた。

ドアの向こうからは、鬼畜たっくんをなじるような声・・・・信じられない、とか、バカ、という叫び声が聞こえてくる。

修羅場!?修羅場なの!?うっわー、ここから出たくないーーー!

でも逃げ出したくても窓もないこのバスルーム。せめて息を潜めて彼女が帰るまで・・と篭城を覚悟した私をあざ

笑うように、ドアがノックされた。

「真由、いるんでしょ?出ておいで」

えええええっ!?私の名前、知ってる?っていうかこの声・・・・なぎさ!?

 

ドアを開けた途端、なぎさは私をがばりと抱きしめ、真由ごめん、許してーー、と何度も謝り続けた。

へ?なんで、といぶかしく思う私になぎさは自分と『鬼畜たっくん』のややこしい関係を説明してくれたのだった。

その関係を一言で説明すると、離婚した父と母別々に引き取られた兄妹、という事なんだけど、偶然大学で再会

したら、優しかった一つ上の自慢の兄は稀代のおんなたらしになっていた、と。

「で、入学当初から真由の事気に入っちゃって、隙あらば真由に近づこうとするこのバカを遠ざけつつ、どれだけ

 このバカが人でなしかっていう布教をしてたでしょ。

 そのうち真由に彼氏出来てしばらくほっとしてたのに、別れた途端また食指伸ばそうとして、大変だったんだから。

 ま、就職して名古屋行ってくれた時は、ホントせいせいしたんだけど」

ちっ、と舌打ちせんばかりに毒づくなぎさは綺麗な顔を歪めてお兄さんである『たっくん』を睨みつける。

「昨日の合コンも、ホントはコイツじゃなくて違う人が来るはずだったのに、横山くんがこのバカに真由が来ること言

 っちゃって・・・・」

はい?話が見えない私に、ああ、横山くんって同じ大学でしょ、このバカのサークルの後輩で真由狙いなの、知って

たの、となんでもないことのようにつけたす。

「居酒屋にこのバカがいた時には卒倒しそうになったけど、俺は名古屋で生まれ変わった、絶対真剣につきあうから

 って真顔で誓ったコイツを信じた私がバカだった。

 ちゃんと電車乗るまで見届けるつもりだったのに、横山くんと会うの久しぶりだったから、つい・・・」

むむ?それは横山さんとなぎさはつきあってるってことなのかな?・・・ま、まあいいけど、今度つっこまなきゃ。

『たっくん』が大人しく青山さんと駅に向かったし、店内で振り返った時に私と詩織が話してたので、二人で帰るものだ

となぎさは安心してたらしい。

今朝、お疲れメールを詩織に送ったら真由の靴見つかったかなあ、と聞き捨てならない文言を見つけ、私の携帯を

鳴らしても出なかったからぴんときたらしい。

「って訳だから!もう、ホントごめん!野良犬にでも噛まれたと思って忘れて!

 このバカの事は私が、絶対に徹底的に痛めつけとくから」

 

涙目で私の手を握り締めるなぎさは、なんだか途轍もない誤解をしてる気がする。つまり、私が彼に無理矢理され

ちゃったんじゃないの、というような。

「え、あの、違うよ。その・・・ええと、そういうことはあったけど、合意・・・っていうか、ええと。

 もともとね、私の靴がなくなっちゃって、どうやって帰ろうかなって困ってたらたまたま杉原さんがコンビニから出て

 きて、タクシーで・・・」

しどろもどろになりながら説明する私の言葉を遮って、なぎさは『た・ま・た・まぁ〜?』と語尾を上げてすごんだ。

ど、どうしたのなぎさ。

なぎさはきっ、と振り向いてそ知らぬ顔でタバコをふかしている兄へとかみつく。

「・・・・あんたが隠したんでしょ?真由の靴!」

・・・・えっ?

あっけにとられる私に、杉原さんが軽くウインクして笑う。

え、え、ええええっ!?

なぎさは「真由、帰るよ」、と捨て台詞のように言うと、私の手を引いて玄関へと向かう。

廊下に落ちていたコンビニの袋には、確かに私のお気に入りの靴が雑誌で隠されるように入っていた。

呆然としながら靴を履く私の背中から、真由ちゃん、と声がかけられた。

恐る恐る振り向くと、バスローブだけ身につけた杉原さんがタバコを片手にバイバイ、と手を振っていた。

「・・・・・・またね。今俺が何言っても信じられないだろうし。

 今度、なぎさがいないとこで、ゆっくり話そ?」

今度、という言葉に私はどう反応していいのか分からなくて黙っていると、腕を組んで杉原さんを睨みつけていた

なぎさが、二度と会うわけないでしょ、バカ、と毒づいたあと、ね?と私に同意を求めた。

私と杉原さんの視線が一瞬絡み合ったあと、私はそっと外した。

同じコとは二度寝ないんだよ、と昔なぎさは言ってた。

真面目そうなコは面倒だから敬遠する、とも。

ちょっとカッコイイからってどうしてみんなひっかかるんだろう、って私は女の子たちにも呆れてたけど、私も晴れて

その一員ってことか。・・・・はあ。

 

ため息をついた私に、杉原さんは真由ちゃん、と呼んで顔を上げさせた。

昨夜つながりながら聞いた『たっくん』の声とも、昨日の『誠実な杉原さん』とも違う、声。

聞き分けられるほど彼の事を知っている自信なんて、ちっともないけど。

彼は私の肩を抱いて耳元へ唇を寄せ、低い声でささやいた。

私はその意味をかみしめた後、でもこんな言葉、きっと誰にでも言ってるんだろうな、とぼんやり思った。

なぎさは真由に触らないで、と言うやいなや、私の手を引いてくるりと身体をドアの方へと反転させた。

私は振り向こうかと一瞬迷ったけど、気持ちを振り切るようにそのままドアの外へ出た。

がちゃり、と背中で閉まったドアの音に押されるように、なぎさのあとをもつれる足で追う。

・・・・・・俺、本気だよ。

彼の言葉が、私の心の中でぐるぐると螺旋を描いて、落ちていく。

昨日までは話したことさえ、なかった人なのに。

エントランスにぽつりと落ちていた黒いサンダルの片割れを拾って、私は立ち止まる。

・・・・・もう片方、取りに行かなくちゃ。

「・・・・・真由?どうしたの?」

振り返ったなぎさが、いぶかしげに私の手の中のサンダルを眺める。

「私、忘れ物してきちゃった・・・・なぎさ、私、」

もう一度彼の部屋に行こうとする私を、なぎさの冷たい声が止める。

「アイツ、ホントろくでなしだよ?手段選ばないヤツだって、身をもって知ったでしょ?

 真由みたいな真面目なコに似合う男じゃないって。それに・・・・」

言葉を続けるなぎさに、私はふるふると首を振る。

「いいの。それでも」

 

私を呼ぶなぎさの声を背中に聞きながら、エレベーターへと向かった。

昨日までの私は、仕事が忙しいとか、別に一人でも寂しくないし、とか、いろんな理由をつけて恋愛から逃げてた。

だって、怖かった。

優しくて、誠実で、この人と結婚するんだと疑いもせずに三年もつきあってたのに、あっさり他の人を選んだ、前の彼。

もう誰かに心を預けるなんて、誰かを信じるなんて、怖くて出来なかった。

いつか失うものなら、最初から手になんか入れない方がいい、そう思ってた。でも。

エレベーターが彼の部屋の階に止まる。

一つ深呼吸をして、彼のインターフォンを鳴らす。

「・・・・真由」

彼の驚いたような声とともに、ドアのロックが外れた音がした。

この先にあるのがどんな恋か、分からないけど。

私は玄関で待っていた彼の両腕の中に、飛び込んだ。

くしゃり、と彼が嬉しそうに笑う。

うん、やっぱり、今の顔は『たっくん』でも、『杉原さん』でもない、と私は信じたい。

恋をしよう、なんて思ってなかったけど、堕ちちゃったんだから、仕方ない。

私はお気に入りの靴を脱ぐと、彼のひんやりとした手を取って、リビングに向かった。

恋なんて、行方が分からないから、楽しいのかもしれないし、ね?

 

終わり

 

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